冠略
音楽家に対してこれほどの嫉妬を感じたことはありません。音の美しさに引き込まれ我が身が壊れていく、その一方で救済されていくような錯覚を覚えたのです。これまであまた聴いた中で「取り敢えずの拍手」はあっても、こんなにも拍手が痛いものだとは初めての経験です。


特に、チャイコフスキーの「フィレンツェの思い出」は言葉にならないほどの衝撃を受けました。楽曲云々ではなく、森さん率いるアンサンブルに感動したのです。

カタログには「嵐のように始まる第一楽章・・・」と解説がありましたが、大きな雲間をかき分けずんずんと何かに向かって突き進む、そんなイメージを抱きながら聴いておりました。それがいつの間にか観客席を離れ、アンサンブルと共にその雲を蹴散らしながら大空高く飛んでいる自分がいました。多分それは森さんの会話された「飛行機の浮遊感」の話に通じるものなのかもしれません。

森さんの舞台での演奏は、躍動感に溢れそして時に激しく且つ甘美、それに呼応するかのように全員の弦からは弾けるような歌声に変化し響き渡っていました。気が付けばその旋律は皮膚に浸透し、アンサンブルの一員になったような心地です。この感情は一生忘れることはないでしょう。本当にありがとうございました。

               2010年7月12日(日)浜離宮朝日ホール御来聴 お客様より




かねがね長岡京室内アンサンブルのCDに日本離れしたユニークな音色と音楽作りに大変興味を持っておりました。音色の繊細さと透明さが大変独特で更に、異様な位のハーモニーの透明感、また音楽の流れの中に時に見られる個性的な一瞬の「溜め」など、曲の作り方にも独特の主張があるようで、それが17人の一糸乱れぬアンサンブルにコントロールされて―。

そうしたCDから受けていた印象が、今夜は全て実証され、生の迫力で、そのまま活き活きと迫って来ました。私は専門的、技術的に云々する能力もありませんし、そんな立場でもないのであくまで印象的感想、ということになりますが…。
こうした特質を存分に発揮しつつ、曲の生命を余すところなく引き出してゆくコントロールの見事なこと。

「アポロ」は私はかねがねストラヴィンスキーの新古典主義時代の、何処か無機質な、乾燥した音楽、というイメージを持っていました。しかし、これが長岡京室内アンサンブルの手にかかると白々とした石灰質の肌が潤いを持ち、血が流れ始めてほんのりパステルカラーのピンクに染まって、あの音楽に誠に洒落た、粋な風合いを与えて見せてくれたような気がしました。とても良かった!

私は仕事の立場上、個人的な曲の好悪はあまり言えないのですが、「フィレンツェ」はチャイコフスキーの中の土俗的な騒々しさが目立って聞こえてくるようで決して好きな曲ではなかったのですが、これも長岡京室内アンサンブルの手にかかると、騒々しさもかなり整理されて見通しもよくなり、結構迫力ある土俗界を楽しむことが出来ました。

就中、第2楽章ではVc、Va、Vnと次々に歌われる歌の美しさが、それを支える楽器群の絶妙なバックグラウンドに乗って、思わず涙が滲みそう…という感覚を味わいました。この歳になってチャイコフスキーに涙する!?ようなことになろうとは、思いもよりませんでした。

VnとVcの美しさは勿論ですが、長岡京室内アンサンブルのVaの存在感と美しさには特別感銘しました。一流のプロとしては当然かもしれませんが、とかくVaというパートは存在感がいささか欠けるようなケースも、ままあるので、特に印象に残りました。本当に美しく力強いViolaの音の魅力を満喫。
どの曲のどの部分でも、1Vn、2Vn、Vla、Vcの力とバランスと同一に揃った音色でのフレーズの受け渡しの見事さも圧巻でした。(4-4-4-4-1という一寸珍しい編成にもよるのでしょうか。)

戦後の音楽教育の成果でしょう、技術面では何不足ない完璧に近い演奏、というのも珍しくなくなった昨今です。しかしその中に音楽の生きた呼吸を感じられるか、その曲の心臓の音、血の流れる音が聞こえるか、というのが本物の音楽たる条件ではないかと、私は考えているのですが、長岡京室内アンサンブルの演奏は溜々たる大動脈の血流から、毛細血管の先の血流に至るまで血の流れと心臓の鼓動の音が聞こえ、生きた音楽の呼吸音が余すところなく伝わってくる演奏でもありました。

長い西欧文化の中から生まれてきたクラシック音楽、特にその演奏という面では、日本人が如何に頑張っても所詮はサルマネ、などと言われかねない世界でしょう。
その中で、如何にオリジナリティを提起してゆくか、という大変難しい命題の一つの解答を見るような長岡京室内アンサンブルの演奏だったと言えるのではないでしょうか。

私が60余年に亘って聴いてきた演奏の中で、最も衝撃的だったのは、1954年(昭和29年)9月、初めて本物の弦楽四重奏の音を聴かせてくれた第一回のブダペスト弦楽四重奏団ですが、今夜の長岡京室内アンサンブルも弦楽合奏に全く新しい地平と次元を見せてくれた、という点で衝撃的でさえありました。(今更ですが。)
私の中のベスト5に入る記憶に残る演奏会の一つになるだろうという気がしています。

               2010年7月12日(日)浜離宮朝日ホール御来聴 お客様より