
合奏の美追求する半生記
音楽をするとはどういうことか。
職業である以上、趣味に遊ぶのとは違う。人が自らを十分に生きながら、他者と共に歌うこと。調和の思想と共生の美学こそ、合奏の身上だ。優れたアンサンブルは、純化された社会のモデルとも言える。
「各自が奏でる音楽が寄り添うかたち、これこそ私が望むアンサンブルの核心」と森悠子は言う。技術や意識で合わせるのでなく、「響きにのることが肝要」と音楽家の長年の確信は告げる。
長岡京室内アンサンブルの音楽を聴けば、感情の喜びと清新な自由をもって、この考えが体感されることだろう。バイオリニストの著書が1997年に設立し、音楽監督として若い音楽家たちを導く、国際色豊かな弦楽合奏団である。例えばヒナステラの「弦楽のための協奏曲」など南米と英国の作品を演奏した最新CD。自然にわき上がる感情の生命が、技術的な難しさを思わせないほどに強くあふれている。
春秋社 ・ 1995円
指揮者を置かないこの合奏では、全員が指揮者の耳を持ってよく聴くことが徹底して求められる。その共生の先にこそ、アンサンブルの自由はある。「互いに呼吸を共有することが大切。間にこそ真実がある」とは彼女の示す心得の一つだ。
森悠子の半生記を取り上げるのに彼女の近年の情熱から紹介したのは、音楽家として、また教育者としての長年の思想と実践の根幹がここに結実しているからである。
教育哲学者、森昭の次女として生まれ、齋藤秀雄に導かれて桐朋学園に学んだ時代から、本書は著者の歩みを明快に奏でていく。空を飛ぶにはまず空を知る必要がある。ブラハとパリに留学、1970年代からパイヤール室内管弦楽団、フランス国立新放送管弦楽団のメンバーとして活躍。京都フランス音楽アカデミーを創設、リヨンとシカゴの両音楽院でも独自の指導法で教壇に立った。
森悠子の試行と実践の半生記は、社会や教育を考える際に広く有効な示唆を与えるだろう。
[評] 青澤 隆明 (音楽評論家)